今をさかのぼること10年ほど前だろうか、ネット右翼という言葉が生まれた。インターネットが普及しつつある時代、既存のメディアの論調とは正反対の考え方をする人たちが声をあげた。当時まだ中学生だった私の周囲に、そのような考えを口にする人はいなかった。インターネットを使うひとの中には、変った考え方をする人たちがいる――。国粋・保守的な思想は、当時の私の目に異質なものとして映った。
国粋・保守的な思想が社会の表舞台に突如あらわれたのはなぜだろうか。もはや古典的なこの疑問に対する、私の考えをまとめておく(覚書き的な意味で)
なおこの記事では都会的・農村的という言葉を多用する。しかし都会だからいいとか農村だから悪いとか、そういったことが言いたいわけではない。また都会にも農村にもいろんな人がいる。タイトルは釣り。釣られないのがKOOLだぜ。
◆都市型の家系
日本にはいまだ、しきたりや長男至上主義の息づく田舎があるらしい。東京に生まれ育った私には信じがたい話をしばしば耳にする。「子供の産めない女性を婚約者にしたら実家から勘当された」なんて話は今でも少なくないようだ。時代は均一の速さでは進まない。私には旧時代の遺物に思えるような「地域コミュニティ」の残滓が、この国のそこらじゅうにある。この歳になり、東京から出て、ようやくそのことに気がついた。
大学時代、東北出身の人と付き合ったことがある。何かのきっかけで互いの家族の話になったとき、その人が「お父さんは長男じゃないから、うちは分家で、本家は香川にあって……」と話し始めて、私はのけぞってしまった。「長男じゃないから」という視点も、「本家・分家」という分類も、とっくに絶滅していると思っていた。
我が家は都市型の家系だ。
母子家庭なので母型の系譜しか判らない。祖母の父(つまり曾祖父)は、地方都市で国鉄の事務官をしていた。祖母は7人姉弟のいちばん年上として生まれた。時代は黄金の20年代。女中を数人雇うような、比較的裕福な家庭だったらしい。祖母は体こそ小さいもののしっかり者で、幼い妹弟の世話を任されることもしばしばだった。現在でも、妹弟からはまるで母親のように慕われている。
ムラ社会的なつながりは現在よりもずっと強かっただろう。しかし、私の家系は100年近く前に、すでに生活の基盤を都市においていた。坂だらけの小さな地方都市。だが、すでに農村を脱出していた。
N高等女学校を卒業後、彼女は上京する。蒲田の親戚の家に間借りして、東京で働いていた。今のOLのはしりだ。仕事の傍ら、洋裁を学んだ。休みの日にはミルクホール(当時の喫茶店のカッコいい呼び方)で友達とおしゃべりをする。昭和初期のスイーツ(笑)だったことがうかがえる。YouTubeに戦前の東京の映像がアップされているが、娘時代の祖母は、まさにあの動画のなかの世界で暮らしていた。どことなく欧風な雰囲気の建物が立ち並び、娯楽の花形は映画や演劇。ほとんどの道路が未舗装のまま。ただし一つだけ、あの動画との違いがある。当時すでに日中戦争がはじまっていた。街のいたるところに防空壕が掘られていた。
1941年12月8日、真珠湾攻撃により太平洋戦争勃発。1942年4月には初の本土爆撃を受ける。戦争が激化するなか、祖母は実家へと疎開した。
実家に戻ったあと、生活は徐々に悪くなっていった。女中は雇えなくなった。日本中から物資が不足していき、都市型の(つまり自給自足ではない)祖母の家は、たちまち困窮するようになった。着物や布団を持って農村へ向かい、そこで米や野菜に代えてもらう――。まるで反戦モノの映画のワンシーンだ。もちろんフィクションではなくて、私の祖母の実体験だ。1945年3月26日、座間味島をはじめとする数島を米軍が占領。沖縄戦が始まる。弟のひとりを、祖母はこの沖縄戦で失っている。
その時、物々交換で手に入れた野菜を背負い、祖母は家に向かっていた。その日、朝から出ていた警戒警報は、十時ごろに解除された。その日、家では弟の一人が熱を出していた。学徒勤労動員により弟は軍需工場で働いていたが、当番を友人に代わってもらい寝込んでいる。彼のためにも昼までには家に帰りたかった。
祖母の家は、市街地からは少し離れたところにある。とはいえ農村からは山を一つ越えなければたどりつけない。蒸し暑い夏の日だった。家族全員ぶんの食糧は、小柄な祖母には大荷物だったろう。彼女はゆるやかな上り坂を歩いていた。
その瞬間、「空が真っ暗になった」と祖母は語っている。「山の向こうが激しく光って、視界が紫色に染まった」という。
1945年8月9日、午前11時2分。長崎が消えた。
ヒトの成長に、家族の影響は計り知れない。こと戦争や国家という話題は、祖父母の世代からどのような体験談を聞いているかに大きく左右されるはずだ。都市型の人間にとって、戦争とはまさに生死にかかわる体験だった。終戦後、祖母は仕事を求めて、ふたたび上京する。防空壕だらけの東京は、焼け野原に代わっていた。原宿から六本木まで見渡すことができたそうだ。いつ爆撃を受けるか判らない、それが都市に住む人にとっての戦争だった。明日、食事にありつけるか判らない。それが都市に住む人にとっての戦争だった。生死にかかわるという点において、それは戦場と呼べるはずだ。
一方で、農村に暮らす人間にとってはどうだろう。私はここにとても興味がある。田舎育ちの人は、どのような戦争譚を家族から聞かされてきたのだろう。祖母の話に出てくる「農村」は、爆撃を受ける可能性が低く、また食糧も都会ほど枯渇していない。そこは戦場ではない。出征した夫や息子の無事を祈りながら、朝日新聞の報道に一喜一憂する日々だったのではないか。戦場が遠くにあるという点では、現在の私たちに近いのではなかろうか。
農村の人間にとって、戦後自省するのは「なぜ息子は死ななければならなかったのか」であり、「なぜ私は(海の向こうで)人を殺さねばならなかったのか」だった。その答えはお国のためであり、息子が、父が、自らが尊い任務をしたのだと考えざるをえなかった。
都市の人間も、同じことを考えたはずだ。が、しかし同時に都市は戦場だった。「なぜ自分は死ぬような目に遭ったのか」「なぜ自分の家族は死ぬような目に遭ったのか」を同時に考えねばならなかった。この自省がカウンターウェイトとなって、国粋的・保守的な考え方への傾倒を押しとどめたのだろう。都市の人間にとって、戦争の勝敗が決するよりも先に、自らの生活が脅かされていた。
◆マスメディアの左傾化
右だの左だのの判断は相対的なもので、このマスメディアの「左傾化」という言い回しも著しく不適切なのは判っている。が、あえて。
今も昔も、マスメディアは都市を中心に発信されてきた。その流れは戦前からあり、とくに戦中は検閲のため、すべての出版物をいちど東京を通すという政策がとられたこともあるそうだ。今のようにインターネットのない時代のこと、その輸送の手間を考えると頭がくらくらする。
このような背景から、マスメディアの送り手は都市の人間がそれを担っている。したがってマスメディアが左傾化したという言い方は適切ではない。都市型の人間が担ってきたがゆえに、その表舞台に国粋的・保守的な思想があがれなかったのだ。
そしてマスメディアは巨大な影響力を持つにいたり、マスメディアで発信されるものイコール社会の常識、という図式が生まれた。その常識から漏れた国粋的・保守的な思想は、田舎でくすぶり続けた。だからこそインターネットが普及したとき、世間に驚きを与えた。多くの人(含む私)にとって、非常識な考え方が突如現れたかのように見えた。だから「ネット右翼」という特別の名前が、彼らに与えられた。
◆反戦教育は反日教育か
反戦教育にも地域差があると思うのだが、田舎ではどのような教育がなされるのだろう。私が受けた反戦教育のうち、印象深いのは『蛍の墓』をはじめとした映画鑑賞、そして沖縄への修学旅行だ。祖母の話を聞いていた私にとって、沖縄に残る戦争の爪跡も、映画の内容も、とても生々しく感じられた。
ところが農村ではどうだろう。反戦映画の多くは、都市を舞台としたものか南洋を舞台としたものだ。戦時中の日本の農村の様子はそういった作品ではあまり描かれない。したがって農村的な戦争観を持つ人は、反戦教育の内容にリアリティを感じられないのではなかろうか。反戦映画に誇張が皆無だとは言わない。しかし「反日教育だ」と言い切ってしまえるのは、自分の暮らす土地が戦場にならなかったからではないのか。
そういう人たちから見れば、義務教育の中にある反戦教育は「フィクション」を用いたプロパガンダに他ならない。フィクションを用いてまで「自虐的な」歴史観を刷り込むのは愛国精神に反する。だから農村的な人の目には、反戦教育は反日教育だと映るのだ。
◆都市型の思考が先鋭化すると、人は国を捨てる。
そもそも都市は、ふるさとから脱出した人の集まる場所だ。出身地を尋ねるときに、「おクニはどちら」という言葉が使われてきた。「東京は田舎者の集まり」という名言があるが、それこそ都市の特徴を端的に表わしている。東京とは、田舎を捨てた者の集まりなのだ。ふるさとに拘束されない思考が容認される場所、それが都市だ。上京を志した時点で、大なり小なり、その人は都市化していると言える。
そしてその志向が先鋭化すると、人は国を捨てる。「ノマド」がバズワードになったのは記憶に新しい。大きな紛争が途絶え、情報が簡単に共有できる時代、国家を超えて活動する人間が現れる。出身地に束縛されず自由に活動する人たち。そういった人間を「ノマド」と呼ぶらしい。遊牧民という意味だ。
ノマドとして活躍する人たちは、いま最も「都市化」した人たちだろう。彼らから見れば、自分の生まれた東京多摩地区を愛しまくっている私は、とんでもない田舎者なのだろう。

